現実のモデル

DNAモデルに細胞モデル 太陽系モデルに原子モデル いつのまにか科学は モデルのデパートになっていた モデルは 時に 本質を捉えるためといって現実から遠く離れ 限りなく単純化されて ひとり歩きする 現実とモデルの類似性を表すだとか わかりやすく簡潔にするのだとか いろいろなことを言いながら 見た目だけがきれいになってゆく 現実はこみ入っているからと見向きもされなくなり いつのまにかモデルだけが 現実になる 人はモデルに慣れすぎて 現実を見ると間違っていると思い 現実が現実だと言う人を モデルに合わないことを言うといって批判する モデルはいつも不正確で 現実からかけ離れているというのに 現実を想像するのに役立つからと もてはやされ使われ続ける 不正確なモデルは 現実を表す象徴となり より正確なモデルは 不正確なものとして疎んじられる 現実のある側面にあらゆる記述を与えることでモデルは現実を超えたのだ なんて言う人も現れて モデルだけに陽が当たり 現実に目を向ける人はもういない 勝ち残ったモデルが 現象の理解を目指すことはない 本質の追求は忘れられ 現実から生まれた影だけが ゆらゆらとあたりを漂う モデルは 抽象的な概念をより具体的に表現しているだとか コンピュータグラフィックスのおかげで別次元に突入したとかいって わけのわからないものになり 現実を知るものは もうどこにもいない モデルは結局はまやかしで モデルが通用する科学は思いのほか少ない モデルばかりを使っていれば本質を忘れ 迷路に迷い込んだ人たちに明日はない そうは言っても 現実を見ようとしても なにも見えてこない まるで はじめから 現実がなかったかのようだ